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熊本家庭裁判所天草支部 昭和40年(家)188号 審判 1965年11月11日

申立人 大江フサ子(仮名)

相手方 小山邦男(仮名)

事件本人 小山洋治(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

申立人は事件本人小山洋治の親権者を申立人に変更することの申立をなし、その原因たる事実関係を次のように述べた。

一、申立人と相手方とは昭和三三年四月一〇日事実上の婚姻をなし同棲し、(戸籍上の正式婚姻届出は昭和三四年四月一四日なした)事件本人は昭和三四年四月三日双方間の長男として出生した。

二、申立人は相手方と婚姻後は相手方の家業である農業に従事し、事件本人の養育に努めて来たが、日が経つにつれて相手方の粗暴行為が目立ち、加えて相手方の家族もまた相手方に加担する仕打ちに我慢できなくなり、将来の婚姻生活を維持する希望と自信を失い遂に昭和三五年三月末単身実家に帰り夫婦別居するに至つた。

三、事件本人は、申立人が実家に帰るに際し連れて帰ろうとしたが申立人と相手方の離間策を考えてか、当時偶々婚家先の大阪より帰郷中の相手方の妹本田笑子に引きとられ、申立人の切なる要求にも渡して貰えず爾後同人夫婦の許で養育をうけ現在に至つている。

四、申立人は、実家にて農業に従事し、相手方との離婚及事件本人の親権者の指定問題について調停を申立てるなどしてその解決に努めたが何れも未解決に終り、申立人は事件本人のことを案じながらも昭和三七年末より大阪府布施市在住の実兄の許で働いていたが、本年七月に至り相手方が申立人に何等の相談もなく無断で本年五月一九日離婚届をなし事件本人の親権者を相手方と指定したことを聞き、直ちに実家に帰り調べたところ、その事実なることを知り驚ろいた次第である。

五、申立人としては相手方のなした一方的な離婚届に対し憤怒に堪えないところだが、相手方は申立人と別居後、昭和三七年末、既に他の女性と内縁関係を結びその間に一子さえ儲けている実情にあるので今更相手方と婚姻を継続する意思は毛頭なく、従つて離婚についてその非違を追及はしないが只事件本人の親権者を相手方と定めながら自己の手許で養育していればともかくとして親権者たる責を果さずその監護をその妹夫婦に委ね放置していることは、母親として許し難く事件本人の将来の福祉のためにも案ぜられるので、この際事件本人を母である申立人の手許に引取りその監護養育に当ることが最も事件本人にとつて幸福になると信じるので事件本人の親権者を相手方より申立人に変更して貰いたい。

相手方はこれに対し事件本人の親権者を申立人に変更することには同意できないと述べ、その理由として、

一、相手方は申立人と昭和三三年四月一〇日婚姻その間に昭和三四年四月三日事件本人が出生したが、申立人の性格は些か異常性を帯び凡ゆる面で家人に当り散らしために家庭内は常に風波が絶えず夫婦間もうまくいかず事件本人の養育がおろそかになることさえもある状態で、遂に夫婦生活を継続することができず、昭和三五年四月はじめに申立人は一方的に実家に帰り、夫婦別居するに至つた。

二、事件本人は申立人が実家に帰つた当時生後一年足らずの幼児であつたが、偶々妹の結婚式のため大阪から帰郷中の妹本田笑子が、申立人と相手方の仲がうまくいかず事件本人の養育が満足に行き届かぬ懸念から、更には事件本人を暫時預かることによつて申立人と相手方との仲が好転するようにとの配慮から一時預りその養育に当つたものであるが、申立人と相手方は遂に夫婦生活を継続出来ない事態に立至つたためそのまま養育し現在に至つているものである。

三、申立人と相手方の問題については双方の親族の間で数回話し合われたが遂に夫婦生活は破綻の己むなきに至り、離婚については合意したが事件本人の親権者については、申立人の家には他に子供も数人おり、相手方を親権者にするよう主張したが申立人はこれに応ぜず、昭和三五年五月双方より離婚並に親権者指定の調停申立をなしその解決をはかつたが三回に亘る調停委員会において一時は夫婦生活を継続する気運にもなつたが、遂に合意に達せず何れも不成立に終つた。

四、相手方は申立人との離婚問題は未解決ではあつたが、申立人が再婚の風評も耳にしたこともあり、農業を維持する必要から昭和三七年一二月田村キヌコと事実上婚姻しその間に昭和三八年一一月二〇日に一子伸一を儲け入籍未済のまま今日に至つている。

五、事件本人はさきに述べた経緯により妹笑子夫婦に引取られ生後一年足らずの頃より来年就学期を迎える現在まで同人夫婦の許で養育され、同人夫婦を実父母と思いなついており現在大阪の幼稚園にも本田洋治の通名で通つておる実状である。

この間妹およびその夫は前後三回に亘り、申立人の実家や稼働先の布施市に申立人をたずね、円満なる解決に努めたが何れも纒るに至らなかつた。

六、申立人との協議離婚届は本年五月一九日本籍地役場に届出その際事件本人の親権者を相手方と定めることについて申立人には相談しなかつたことは事実であるが、双方離婚については異議なく事件本人の親権者指定についても今まで何回話し合いをもつても解決せず事件本人も妹夫婦の許で五年半余りも養育されている現実に照し、又来年は就学期を控え何時までもこの儘放置できないと考え已むなく届出たものである。

以上要するに事件本人の生活環境をかえ申立人の許にその養育を託することは事件本人に無用の衝撃を与えその幸とはならないと思料するので親権者を申立人に変更することは同意することはできない。

当裁判所は参考人として事件本人の養育に当つている相手方の妹本田笑子を審問し、双方の主張につき種々検討した。

まづ本件記録添付の申立人および相手方の戸籍謄本の記載によれば、申立人と相手方は昭和三四年四月一四日婚姻届をなし、同年四月三日事件本人が出生したこと。しかるに昭和四〇年五月一九日協議離婚し、事件本人の親権者を父である相手方と定めたことが認められる。もつとも協議離婚は相手方が申立人に無断にて届出た一方的な離婚届であるというのが申立人の主張であり、相手方も又これを認めるところであるが、申立人は今日においてはその非違を追及しないというからその正否については特に判断はしないが、事件本人の親権者指定についてその手続上かしがあつたことは認められる。

次に当裁判所保管の相手方申立に係る昭和三五年(家イ)第二〇号離婚等調停事件記録、並に申立人の申立に係る昭和三五年(家イ)第二一号離婚等調停事件記録および同事件における三回の調停委員会の経過の記載と当事者双方の陳述を綜合すれば、申立人と相手方間の夫婦生活破綻の原因および事件本人が昭和三五年四月初め相手方の妹である本田笑子に引取られ同人夫婦に養育をうけている経緯については双方の主張に格段の相違があるがその何れが正しいか否かまたその経緯の如何が現在の時点において事件本人の親権者を何れにきめるかについての決定的な要因とはいえないので特に証拠調べをしてその判断はしないが、要するに申立人が事件本人と離別以来その生みの母親としてその手許に引取り養育することを念じ現在も尚その希望であること、事件本人が生後一年足らずの幼児から満六歳を過ぎた現在まで相手方の妹夫婦の養育をうけ、その庇護のもとに暮していることは何れも事実として認められる。また参考人本田笑子を審問の結果を綜合すれば同人は昭和二七年頃よりその夫本田悟と二人で独立して食堂を経営し同三四年より現住所に中華料理店を開業従業員九名をかかえ店の経営も順調で事件本人の養育には経済的にも十分であり、またその養育についても同人夫婦に実子が生れないことからも真の愛情をもつてその養育に当り就学期を来年に控え童心を傷けないためにも、将来の問題は免も角としても当面その生活環境をかえさせたくない心境でまた事件本人も物心つかない一歳足らずの頃より今日まで平穏に育てられている事実に鑑みるとき、相手方の妹夫婦を真の父母と思慕しているという陳述は容易に推認されるところでこれをくつがえすに足る証拠は見出し得ない。

按ずるにわが民法典における親権とは、子の福祉を護るため親に認められた特殊の法的地位であり、親権がすべて未成熟児のためのものであるべきことはその内容とする身上監護と財産管理とを問わず不文の大原則としていかなる場合においても親権者決定の第一基準となるべきものである。

よつて叙上の如く認定される本件申立の実情において事件本人の生活現状を変更し、その監護養育を申立人の手に託することが事件本人の利益であるかどうかについて考えるに、母である申立人は離別以来事件本人を自己の手許で養育したいという母性の本能的愛情を有しその旨終始主張するところにて当裁判所としてもその心情は十二分に理解されるところであるが、一方、事件本人の生活環境は先に認定したごとく生後一年足らない頃から今日まで相手方の妹夫婦の物心両面充ちたりた愛撫の中で平穏無事に生育しつつある現状を思うと今俄かにその生活環境を一変することは事件本人にとつてまことに不幸なことと判断せざるを得ない。当裁判所としても、申立人の子を思う心情に対してはもとより同情の念を禁じ得ないけれども、現在申立人が実家にあつて家業である農業手伝をしていること、実家には申立人の両親(六七歳と六一歳)の外夫と死別して帰つて来た申立人の妹(三五歳)とその三人の子があり、田畑五反余を耕作しているが生活は必ずしも楽でないこと(これ等のことは申立人審問の結果窺える)等を考えると事件本人にとつては申立人の許に引取られた場合申立人の限りない愛情に浴することはできてもその他の物質的方面で果して幸福であるかどうかについては一抹の不安を拭い切れないのである。

次に事件本人の生活環境を変更しないという前提のもとに戸籍上のみ親権者を相手方から申立人に変更することの是非について当事者双方の審問を綜合して判断するに申立人が強く事件本人の引取方を主張している本件においてはかえつて将来事件本人が幼児引渡しその他の紛争によりその福祉をそこなわれることも慮んばかられるところにて戸籍上のみの親権者を申立人に変更する特段の事由を見出し得ないところである。申立人としては静かに事件本人が平穏無事に育まれつつある現状を喜びその成長を見守ることもまた一面真の母性愛とも言い得るのではなかろうか。

以上の如き事情であるから事件本人をして現状のまま養育監護の上生活せしめるのが相当であるので前述親権の本旨に照し、親権者を申立人に変更するのは不相当と認め参与員原田隆左久、同柿久尚利の意見をきいたうえ主文のとおり審判する。

(家事審判官 平岡三春)

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